あなたのためにできること

『もしかして、グ・ラハ・ティア?』
『……知らない名前だな。その人物が、どうかしたのだろうか?』

まったく予想できなかったわけでもないのに、あなたの口から零れたその名に訳もなくドキリとした。
それはあなたが俺を忘れずにいてくれたことへの歓喜の音であったし、早々に言い当てられたことへの動揺の音でもあった。
努めて冷静さを心掛けていたこともあって、なんとか声は平静を装えていたのではないかと思うが、もしこの身にまとったカウルのフードが落とす影が無ければ、年のせいかじわと潤んだ瞳でうっかり気づかれていたかもしれない。
命をかけた戦いに巻き込んだ上に顔を明かすことをしないあまりに不誠実な俺に対して、疑いの目を向けることすらせず常に気に掛けてくれるあなたは、遠いこの世界にあっても変わらず英雄だった。
新たな妖精王の即位の報は既にクリスタリウムにもたらされ、此度もまた見事に大罪喰いを払ったあなたが戻るのを星見の間でそわそわと落ち着かない気持ちで待つ。
何かできることはないだろうか。少しでもあなたの休息になるようなものは。しばらく思案して、軽い夜食ぐらいなら負担にならないのではと思い至った。
「差し入れですか?」
「ああ。まもなく彼らが戻ってくるはずだから、ペンダント居住館に何か届けて貰えるだろうか」
一緒にこれも添えて欲しい。彷徨う階段亭の看板ウェイトレスのサイエラに手書きのカードを差し出すと、受け取った彼女はチラリとメッセージに目を走らせるとカードを差し戻してきた。
「公、ご自分で作られてはいかがですか?」
「……自分で?しかし、料理なんて私には」
彼女の言うとおり確かに自分で作るに越したことはない。が、お恥ずかしいかぎりだが、料理なんてこの長い人生でほとんどやったことが無かった。教本を手に勉強するには時間も足りないし、初めての料理を食べさせるなんて酷ではないか。
「お夜食なら凝ったものじゃなくていいでしょう。サンドイッチなんてどうですか?軽く食べて貰えるでしょうし、簡単に作れますよ」
ウチの自慢の料理人が手取り足取りしっかり教えてあげますから安心していいですよ。
「いや、しかし」
「ほらほら、急がないと帰って来ちゃいますよ」
急な提案におろおろ戸惑っているうちに後ろにまわりこんだサイエラは、肩に手を置くと厨房にズンズン導いた。

ふわふわの鮮やかな卵、薄切りのハムと新鮮なレタスとトマト。パンは彩りを考えて麦芽のものも使いましょう。
材料は彷徨う階段亭の料理人たちが用意してくれたもので、自分の手で行ったのはほとんど最後の挟む行程だけだったのだが、彩り豊かに出来上がったサンドをバスケットに詰めるとちょっとした達成感があった。
気を利かせたサイエラがお供にとポットの紅茶を用意してくれていて、大きめのトレイと一緒に持たせてくれた。
「……あなたの口に合えば良いのだが」
居室の窓を開けると、あなたが取り戻した夜に星が幾つも瞬いている。
少し前から考えれば大きな成果であるとはいえ、まだ二体目だった。これから何体もの大罪喰いが待ち受けていることを思うと、頼ってばかりであまり役に立たないこの身を悔しく思う。

願わくば、あなたの長い旅路の一時の止まり木になれるよう。